|
|
性とは何か
|
|
性とは何か
セックス(性)ということばを聞くと、それ
ぞれの人が、それぞれの理解をもって、なん
となくわかったような気がしているのではな
いでしょうか。
とのことばから、ある入はペッティングや
コイタス(性交)を感ずるでしょうし、ある人
は月経とか、性器とかを、またある人は、新婚
旅行の夜だとか、妊娠、出産などということ
を連想することでしょう。
それらは、たしかに性行為やその結果、ま
た性器、性に関連ある社会的な風習などです
から、性の一部、あるいは性に関係のあるこ
とに違いありません。けれど、こういう個々
、の事がらを結びつけてセックスがわかり、あ
るいはセックスそのものであるように考える
のは、まちがいですし、危険です。
ところで、セックスとは、何でしょうか。
平たくいえば、それは男と女の区別があるこ
と、そしそ、その区別にもとつく両者の関係
をいうのです。
「なあーんだ、そんなことなら、子どもだっ
て知っているじゃないか」とおっしゃるでし
よう。しかし、なぜ私が女性で、私の好きな
彼が男性なのか、どうして二種類の人間があ
り、互いにひかれ合って、いっしょに暮らし
たくなるのだろうか、という疑問に、満足な
答えができるでしょうか。
近ごろ、「性のことを知りすぎると害があ
る」という無責任なことがいわれております
が、とんでもないことです。生かじりの、こ
ま切れの性知識だからこそ害があるのです。
第一、そんな知識では、おそらく性器と生
殖器という区別さえわからず、ばく然と同じ
竜のだくらいに思っていることでしょう。と
ころで、性器とは何でしょ51か。それは、男
女の違いを示す器官のことです。そして、生
殖器というのは、受精、妊娠、出産を行なう
のに必要な器官のことで、さらに広く、赤ち
ゃんを養う器官までもさします。
性器の大部分が生殖器をかねているのは事
実ですが、だからといつて、両者は混同でき
ません。たとえば女性の陰核は性感の中心を
なすたいせつな性器ですが、生殖器ではあり
いんふ
ません。同様に、陰阜(陰毛のはえている部
分)は、性器ですが、生殖とは何の関係もな
いのです。こんなこと一つの知識にしても、
性についていかに不完全なわかり方しかして
いないか、考えさせられます。
ミラーが「性は馬神や人生や幸福というよー
うなことと同様に、はっきり定義することボ
できないものであって、それは人生の一つの
要素ではあるが、何かわからない力なのであ
る」と言ったよヶに、きわめがたいものなの
です。
性の本質について、今ここで追究するのは
目的ではありません。しかし、性というもの
は、そんなこま切れ知識でわかるようなもの
でないことは、しっかり頭に入れておぎたい
と思います。
そして、ここでは、ごく狭く、結婚生活の
申の性とその幸福について、考えてゆきたい
ど思います。
結婚における性生活の役割
結婚生活の基礎
結婚生活というのは、次の四種類の生活が
総合されたものといえましょう。
ω個人としての人間的生活これは、一人の
人間としての夫と、一人の人間としての妻の
共同生活です。二入の共同生活ですから、厳
密には個人とはいえませんが、私生活という
意味では、個人といってよいでしょう。
この生活の主となるものは、家庭を建設し
てゆくことで、財産作りが大きい目的となり
ましょう。これをささえる竜のは、二人の友
情的な、セックスを抜きにした愛情です⑩
教養、趣味、スボ著ツ、その他いろいろな
生活を楽しむのも、夫婦の人間的生活でYこ
れらは、二人の友情的なつながりを強め、深
めることに役立ちます。
ω社会人としての生活これは、社会の一員
としての責任を果たす生活です。たとえば、
会社員は会社員として、商人は商人として、
また、芸術家は芸術家として、それぞれの職
業を通じ、社会に寄与する生活です。たとえ
妻が職業をもたなくとも、それは外見のこと
で、実質的には夫婦が共同体となって、職業
をもっているのだと考えるべきです。
職業は、それによって生活に必要な金銭を
得るという意味では、ωの個入生活とも考え
られますが、職業の社会的な役割を重く見た、
いものです。
税金を納める、選挙権を行使する、交際、
社会奉仕なども社会人としての生活です。こ
とに、結婚して夫婦になることは、戸籍も改
まり、独立して社会人になることですから、
この㈹の生活は結婚生活の大事な部分になの
ましーよう。
偶性生活コイタス(性交)およびその予備行
為を含む夫婦の性生活は、社会の公認を得て
いる唯一の性行為といえるでしょう。
もちろん、結婚による以外の性行為はいく
らもあり、しかも、恋人どうしの性行為など
は法律上からも罰することはできないもので
す。しかしながら、夫婦の性生活ほど、社会
が正しいこととして公認している性行為は、
他にはありません。
ごくまれには、相手が性的不具者と知って
いながら、同情から、あるいは宗教的信念か
ら、あえて結婚する人もあります。けれども
結婚した以上は、たとえコイタスがはじめか
ら不可能とわかっていたとしても、その、ほか
の代用的な性行為さえも全く行なわない夫婦
があるとは考えられません。もしもそんな夫
婦があったら、それは法律上の夫婦であって
も、真の意味での夫婦とはいえず、友人とい
うべきです。
ω生殖生活これは、子どもを産み育てる生
活をいいます。現代では、」この生殖生活は、
性生活と別に考えるほうがよいのです、
しかし、生殖生活は、結婚生活において絶
対的になくてはならぬ条件ではありません。
、たとえば、不妊症、その他重い病気とか、ひ
どい経済的悪条件などによって、生殖したい
と願っても不可能な夫婦もあります。また近
ごろは子どもを作らない契約をかわして結婚
する男女も出てきました。
しかし、結婚という社会制度の成立の歴史
から見ても、子どもを作るという生殖生活を
結婚生活から除外せずに考えるのが妥当と思
います。
さて、以上の四種類の生活が結婚生活だと
考えますと、偶の性生活の結果、㈲の生殖生
活がもたれ、ωおよび②の個人的、社会的生
活も、性生活によって大きい影響をこうむる
ものなのです。
このことは、結婚生活の破滅、つまり離婚
の原因のうちで、何よりも重要なものは性的
原因である、とする説と一致するのです。
|
|